熊本大学大学院教授システム学専攻
目次:
11.教育学の2大潮流(1)

【第11回】教育学の2大潮流(1)系統主義と経験主義
はじめに~

教育についての考え方は、系統主義と経験主義との間を揺れ動く振り子のようだと言われています。 一時期系統主義が強調されて教科の内容をしっかり教えることが重視されたかと思えば、逆に振り子が動き、子どもの生活体感が重視される経験主義が持ち上げられます。 学力低下論、学習指導要領最低基準論は、系統主義的な考え方に基づくと考えられ、一方で非難の的になっている「総合的な学習の時間」や「新学力観」は経験主義的だといえます。

この振り子のような動きは、「教育」がもともと持っている特徴から自然に生じていると言えます。 つまり、外から内へ教えること「教」を重視するのか、内から外へ育てること「育」を重視するのか。 教育には「教」と「育」との両面があるからです。外から内へ教えることを重視する考え方は、「形成説」と言われ、「氏より育ち」の立場から積極的に人間をつくっていくことを重視します。 哲学者ジョン・ロックの「タブラ・ラサ(白紙)」が有名で、生まれた子どもの頭=白紙のキャンバスにどんどん絵を描こうとします。 一方で、内から外へ育てることを重視する考え方は「開発説」と呼ばれ、人間が生まれながらにして持っている能力(生得・遺伝)を開花させることを重視します。

次のせりふがどちらの考え方に立脚しているかは分かりますね?
古代ギリシャの哲学者プラトンいわく、「教育とは、正しいと思われる言論に子 どもを引っぱっていくこと、導いていくこと」
 
『エミール』の著者ルソーいわく、「創造主の手から出るときには、すべてが善い。だが、人間の手にかかることによって、すべてがだめになる。・・・人間 は、すべてについて、その本来の姿をゆがめ、すべてに手を加えて変形させる。人間は変形されたもの、つまりお化けが好きなのだ。」
 
1920年代米国の行動主義主唱者ワトソンいわく、「私に健康な1ダースの赤ん坊と、かれらを育てるための環境を与えよ。そうすれば、私はその中のだれをでも訓練して、その子の親がどんな人であろうと、医者にでも、法律家にでも、芸術家にでも、大事業家にでも、乞食にでも、泥棒にさえしてみせよう」


(マウスを置くと答えがでます。)

表1は、系統主義と経験主義の教育課程が持つ長所短所をまとめたものです。 自分が受けてきた、あるいは受け持っている教育はどちらの要素が強く反映されていますか?たとえ自覚していなくても、どの要素が多いでしょう?

表1:系統主義と経験主義の教育課程
 
長所
短所
日本の教育における出現
系統主義
(教科カリキュラム)
文化遺産を系統的に学べる。
構成が簡単で評価もしやすい。
長い伝統があり教師も慣れている。
教科書中心、理解より暗記になりやすい。
知識注入に偏り、社会性の育成・創造性の伸長を忘れがち。
明治期から戦前まで
教育内容の現代化
基礎基本重視
学力低下論
経験主義
(経験カリキュラム)
学習者の興味・問題から出発するので学習活動が活発で効果的になる。
生活の場に密接に結びつく。
自主的学習が民主的価値を発展させる。
現在の問題に関心が集中し、 文化体系の習得が困難。
社会・文化の変化への対応が遅れがち。
学校や地域社会の体制が適切に整えられにくい。
戦後の新教育(社会科)
生活科
「新学力観」
総合的な学習の時間
※長所と短所は、田浦武雄(1986)「教育学概論」放送大学振興会、p158-159をまとめた。