熊本大学大学院教授システム学専攻
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[第11回]IM分野の研究事例(1)
IM分野の研究事例(1)
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第11回: IM分野の研究事例(1)(担当:大森不二雄)

[研究事例]

「バーチャル・ユニバーシティー」といった言葉に代表されるように、高等教育におけるeラーニングは、1990年代後半から2000年代にかけて期待と反発の対象であり続けたにもかかわらず、言説が現実に先行する状況に大きな変化は見られない。しかし、世界の動向を見ると、未だ萌芽的とはいえ、eラーニングによる高等教育の変化は着実に進行しており、しかもその変化は高等教育の領域にとどまらず、企業内教育や教育ビジネスとも相互連関・相互侵食する形で、また、国境を越える活動を伴いながら進行している。ところが、日本の現実はなかなか動かず、グローバルな趨勢から取り残されている感すらある。The Economist Intelligent Unit, Ltd & IBM, Co(2003)によると、日本は23位にランクされ、アジアでは韓国、シンガポール、台湾、香港の後塵を拝している。

担当教員の問題意識の一端を更に理解するには、以下(大森 2006a, p.54)を一読いただきたい。

高等教育機関のeラーニング戦略または政策
「グローバル化」という語には、とりわけ「ボーダーレス化」「市場化」「標準化」など、数多くの意味合いが含まれており、eラーニングの性質は、こうした現象に同調している面が多いと思われる。eラーニングは、グローバルな知識基盤経済においてかなり大きな可能性を秘めていると言われてきた。それにもかかわらず、日本の高等教育は、そのeラーニングの要素について、まだその可能性を十分に活かすところまで発展させていない。この目的を達成するためには、政府のイニシアチブと少なくとも同等、あるいはそれ以上に高等教育機関のイノベーションが重要かもしれない。各高等教育機関は、多少の柔軟性を持たせつつも、明示的に言明されたeラーニング戦略または政策を策定する必要がある。 ......

教室レベル、機関レベル、国家制度レベルでのグローバル化への適応
実際の教授と学習は、現実または仮想の「教室」で行われる。そして、教室レベルでの教授と学習の質と水準が、機関レベルおよび国家制度レベルでのそれらを決定付けることになる。それと同時に、機関の戦略や国の政策が教室での教育実践に影響を与える面もある。したがって、高等教育におけるグローバル化への適応は、これらの異なるレベルでの試み(互いに必ずしも矛盾しないとは限らない)が複雑に混合したものとして理解すべきである。

日本の大学のeラーニングは、なぜ未だブレークスルーしないのか。最大の原因は「経営」不在にある。先進的な取組の事例でさえも、多くの場合、少数の教員のボランティア的な献身、研究室教育的な土壌の上に立つ大学院生等の動員などによって、かろうじて成り立っているのが現実であり、教育の目標・プロセス・成果を統合する「戦略」「ポリシー」に基づき、既得権との衝突を伴いながら人的・物的資源の再配分を行う「経営」は不在である。そして、以下(大森 2006b, p.344)に述べる通り、「経営」不在は、教育の「質保証」不在と一体のものである。

「経営」不在は「教育」にとって必ずしも悪いことではない、と思われる向きもあるかもしれない。だが、それは間違いである。青山学院大学の筆者が的確に指摘する「教授法や教育成果を厳しく問われない」「成果保証の意識が希薄である」(pp.72-73)など、日本の高等教育の「質保証不在」ともいうべき状況は、目標・プロセス・成果を連関させるシステム的アプローチの不在という点で、上述の「経営不在」と相似形をなし、両者は密接に結び付いている。問われているのは、教育の「質保証」を可能にする「教育経営」「教育戦略」である。米国と対比した日本のeラーニングの問題点としてインストラクショナル・デザイン(ID)等のスキルを有するスペシャリストの不在を強調する編者の視点(8章)は的確であるが、IDの本質が上述した教育の質保証のためのシステム的アプローチであることは二重に示唆に富む。eラーニングにとどまらない大学教育全体の課題である。

機関レベルのポリシーは、美辞麗句を総花的に並べるのではなく、国家の制度・政策や市場等のマクロな環境の中で、ミッションや利用可能な資源に基づき、目標・プロセス・成果を戦略的に選択するものでなければならない。

 引用・参考文献

・The Economist Intelligent Unit, Ltd & IBM, Co, 2003, The 2003 e-learning readiness rankings.
{http://www-304.ibm.com/jct03001c/services/learning/solutions/pdfs/eiu_e-learning_readiness_rankings.pdf}
(最終アクセス日:2006.10.23)
・大森不二雄 2006a,「国際的なeラーニングの質保証:日本の視点から」メディア教育開発センター編『国際シンポジウム2005報告書-高等教育におけるeラーニングの質保証』,49-55頁。
・大森不二雄 2006b,「書評(吉田文,田口真奈,中原淳[編著]『大学eラーニングの経営戦略-成功の条件-』)」日本教育社会学会編『教育社会学研究』第78集,東洋館出版社,343-345頁。
・吉田文,田口真奈,中原淳編著 2005,『大学eラーニングの経営戦略-成功の条件-』東京電機大学出版局。