熊本大学大学院教授システム学専攻
目次:
10.折衷主義:学習科学とデザイン実験アプローチ

◆実験室から現場へ ◆

心理学研究が実験室から現場へ

学習心理学は、サイエンスであり、「人が学ぶとはどのような仕組み・原理で為されているものなのか」という問いに対する答えを求める学問である。その目的は「仕組みの解明」であり、「なるほどそうだったのか」という結論を出そうとしてきた。そのために取られてきた研究手法は、主として「実験」であった。たとえば、より良いと思われる方法Aに対して、そうでもないと思われる方法Bを比較する。

Aを実験群、Bを統制群と呼び、AグループとBグループの結果の差が「統計的に有意」であれば、「やっぱりAの方法が優れていた。学びのメカニズムは方法Bよりも方法Aによって促進される性質のものだ。」という結論を導き出す、というやり方である。これは、自然科学も含めて一般にデータで語らせて仮説の有効性を立証する「実証科学」の常套手段であり、学習心理学もまさに科学を志向している。

ところが最近(ここ10年余り)、様子が変わってきた。特に構成主義心理学が注目される中、「実験室で得られた成果が本当に現場に応用可能な情報をもたらすのか」という疑問が高まってきた。研究は現場でやらなければならない。心理学の研究成果が本当に役立つものならば、現場の実践を心理学の研究知見を参考に構築していくことができるはずだ。研究仮説に基づいて実際に実践をつくりあげていくことができれば、その仮説はより確かなものになるはずだ。教育実践をデザインして、実際に実験的に行ってみて、その成果を確かめる。方法Aと方法Bを比べるのではなく、うまくいった方法がうまくいった理由を探り、(比較からではなく)同じようなよい例をたくさん作ることで仮説を確かめていこう。こういう考え方を心理学では「デザイン実験アプローチ」と呼ぶようになった。


えー、それって教育工学がもう何十年も前からやってきたことと同じじゃないの?そう思う人はスルドイ。実はそうなんですが、なかなか両者の間にある溝は埋まらないようでもあります(鈴木,2005)。


三輪・斎藤(2004)は、「教育システム情報学会誌」の特集号「学習科学と学習/教育支援システム」(第21巻3号)の解説論文の中で、図1に示す2つの軸で学習科学研究に起きている変化を説明している。学習科学が学習を科学的に理解することを目的としてきたが、さらに人間の学習を「支援」するという実学的側面を色濃く持つようになった。「理解」と「支援」は学習科学の両輪であるとする。横軸は実験室-現場の対比を示す。実験群と統制群を置いて両者の差を比較する実験室的な研究手法から、教育が行われている「その場所」に移りつつあるとし、その象徴が「デザイン実験アプローチ」という研究手法である、と説明している。




図1:学習科学研究分類の平面(三輪・斎藤、2004、p.146より引用)