熊本大学大学院教授システム学専攻
目次:
[第1回]研究関心レポートを交換しよう/研究の7ステップモデル/学会発表に向けてのプロポーザルを書く
研究関心レポートを交換しよう
--今回のタスクその1(課題)
研究の7ステップモデル
--今回のタスクその2(課題)
学会発表に向けてのプロポーザルを書く
--今回のタスクその3(課題)

第1回: (2)学会発表に向けてプロポーザルを書く (2章)

[研究計画の要約を書いてみよう]

テキスト第2章は理解できただろうか。ここでは、「社会人向けeラーニング教材の教育設計分析と設計ガイドラインの提案」に取り組んでいる皆さんの先輩(仮想的人物)が書いたプロポーザルの要約を眺めてみよう。

まずは、400-500字程度で自分の研究内容を紹介するサマリー(要約)を書いてみた。

eラーニング教材の開発工程において、安定した教育効果を目指すためには、何らかの共通した指標に基づく教材設計時の品質管理が求められる。eラーニング教材設計のためのガイドラインやチェックリストは理論的な立場からいくつか提案されているが、社会人向けのeラーニング教材開発の実情に即した形で実効力を挙げている例はまだ見られない。本研究では、eメンタリングのためのガイドラインを形成・評価した先行研究(松田ら 2005)の手法を応用し、社会人向け実務教育に特化した設計ガイドラインを提案・評価した。ガイドラインの策定にあたっては、IT系企業の自社開発部門に聞き取り調査し、eラーニング教材35点の実例に即して、教育効果に影響が大きい設計項目を抽出した。53項目からなる設計ガイドラインを形成的に評価・改訂し、「実務教育向けeラーニング設計ガイドライン」を提案した。最後に、提案したガイドラインの効果を実証するための研究の枠組みについて考察を加えた。(413字)

英語に直すと次のようになる。これでだいたい150単語(1000文字)程度。論文の英文サマリーとして使える長さだ。

Quality management in design phase based on a common index is necessary to gain stable educational effect in e-Learning production. Some guidelines and checklists have been proposed from theoretical viewpoints. However, no example can be found in which such an index plays an effective role in developing e-Learning in the area of practical business affairs. In this study, a design guideline has been proposed and evaluated that specifically aims at workplace learning situations, by employing guideline proposal and evaluation methodology for e-mentoring (Matsuda, et. al, 2005). For proposing the guideline, 35 e-Learning materials was used, which had been produced by the internal training unit of an IT-related company. Fifty-three items were generated that had big impacts to make the material educationally effective. The guideline was then formatively evaluated before proposing the “E-Learning Design Guideline for Practical Training.” The research design for validating the proposed guideline was also discussed.


要約で何を書いたのかを一文ずつ見てみよう。

要 約(サマリー) 解 説
eラーニング教材の開発工程において、安定した教育効果を目指すためには、何らかの共通した指標に基づく教材設計時の品質管理が求められる。 研究の背景にあたる。「共通した指標」=ガイドラインの必要性とeラーニング教材開発を結びつける意図(テキストp.46に相当する)
eラーニング教材設計のためのガイドラインやチェックリストは理論的な立場からいくつか提案されているが、社会人向けのeラーニング教材開発の実情に即した形で実効力を挙げている例はまだ見られない。 研究の現状にあたる。ガイドラインはあるにはあるが、ぴったりくるものがない、ということを示す文。これまでの研究をしっかり踏まえている(文献を調べたよ)というメッセージとこの研究がどこを狙っているのかを伝える。「いくつか提案されている」といった以上は、プロポーザル本文ではその証拠として先行研究を具体的に示す必要はあるが、一般的には要約では示さない。
本研究では、eメンタリングのためのガイドラインを形成・評価した先行研究(松田ら 2005)の手法を応用し、社会人向け実務教育に特化した設計ガイドラインを提案・評価した。 研究の目的にあたる。研究の結果として目指したこと(設計ガイドライン+特化したもの)と実施上に参考にした先行研究(松田ら)を伝えている。先行研究は示さないのが通例であるので、この研究の中核的なよりどころであるという位置づけを与える意味が出る。
ガイドラインの策定にあたっては、IT系企業の自社開発部門に聞き取り調査し、eラーニング教材35点の実例に即して、教育効果に影響が大きい設計項目を抽出した。 研究の方法にあたる。どのようなやり方でガイドラインの原案を作ったのかを述べている。事例研究的な方法(1社のみしか調べていない)であるが、相当の数(35)のケースを調査したことを述べて、項目の抽出方法がいい加減ではなかったと主張している。このように具体的な数値を挙げることで「1社じゃぁ駄目だ」と反論される隙を与えることにはなるが、「1社でも35も調べたのならば十分妥当」と見てくれる可能性もある。あいまいにしておくよりは、できるだけ明確にするのが良い(少なくともどこが認められないのかが分かる)。
53項目からなる設計ガイドラインを形成的に評価・改訂し、「実務教育向けeラーニング設計ガイドライン」を提案した。 研究の方法の続きにあたる。ガイドラインの原案をそのまま提案しているのではなく、評価・改善したことで、ガイドラインの実用性や信頼性を主張している。ただし、評価方法の詳細は明示していない。(やり方に怪しい部分があるのかもしれないし、単に長すぎないように配慮しただけかもしれない)
最後に、提案したガイドラインの効果を実証するための研究の枠組みについて考察を加えた。 研究のまとめ(考察)にあたる。プロポーザルでは、本研究で得られた成果をもう一度書いて強調するところだが、サマリー(要約)ではその冗長性は許されない。そのため、やり残したことを放置せずに枠組みだけは提案しましたよ、という結びとしてある。評価・改善して提案したガイドラインも、次にそれを実地で使って効果を確かめないと本物にはならない、ということは理解している、ということを伝える意味もあるが、「実証していない研究では中途半端だ」という批判の種(寝た子を起こす)になる危険もある。

ここまでできれば、「どんな研究をやりたいの(やったの)ですか?」という質問に「研究者らしく」答える準備ができたといえるでしょう。「研究計画」の段階では、分からないことがたくさんあるので、具体的にかけない部分もあるでしょう。
たとえば、松田ら(2005)はこの研究を進める上で、まねできる良いお手本になっていますが、それが見つかるまでは、次のように表現することになるでしょう。

本研究では、ガイドラインを形成・評価した先行研究を調査し、その手法を援用して社会人向け実務教育に特化した設計ガイドラインを提案・評価する。
注:「研究計画」ではこれからやるので現在形、終わった研究の要約では過去形を用いる。

さて、「研究者らしい要約」の書き方がなんとなくイメージできましたか?次に、実際にやってみて、お互いにコメントをつけましょう。