オンライン教育の新たなモデルの構築に向けた提言(2021.3)

オンライン教育の新たなモデルの構築に向けた提言

コロナ以前に戻さないためのモデルの必要性

コロナ禍で無防備のまま強いられたオンライン授業への転換で、もっとも多数派を占めたのは授業をそのままライブの形で提供しようとしたリアルタイム型授業と授業の録画を配信したオンデマンド型授業でした。そのどちらもが実現できない状況下においては、資料配布型(資料を配布したうえでレポート作成・提出を求めるもの)も見られましたが、この形式については、これでは不十分であるとの認識も広がったとされています。2000年頃のeラーニングブームでは、リアルタイム型を行うにはネットワーク環境が不十分であったことから、ほぼすべてのeラーニングは非同期のオンデマンド型であったことと対照的な現象でした。

重田(2020)は、「オンライン授業」という「めったに用いなかった用語で呼称されたことは、非常に興味深い(重田2020:p. 6)」と指摘しました。これまで行われてきた講義や演習をインターネット上で実施するにあたり新しいタームが自然と求められた背景には、「遠隔教育」が持つ「大学間、キャンパス間で行われる遠隔合同授業」というイメージや「eラーニング」が持つ教職員向けコンプライアンス教育などの個別的・義務的なイメージがあったと指摘しました。また、教育における技術導入のレベルを4段階に整理したSAMRモデル(代替・拡大・変形・再定義:訳語は三井ら,2020による)に依拠して、「いわゆる『オンライン授業』は、これまでの大学教育のやり方をオンラインツールにより『そのまま』代替しているだけであり、大学教育における教え方・学び方に変化を起こしているとは言い難い(p. 6)」とし、「これまで必ずしも前向きに受容されてこなかった現実を直視することが大前提となる(p. 6)」と変革への過度の期待に対する警鐘を鳴らしました(以上、鈴木・平岡、2021より引用)。今回のオンライン授業が4段階モデルに当てはめてみたときにどのような事例がどれにあたるかを確認し、それぞれの段階を例示することで、単なる「代替」に留まらないポストコロナ時代のICT活用のイメージを持ってもらうことが求められているように感じます。

参考)
鈴木克明(2021)「大学らしさを取り戻すトランスフォーメーションを(高等教育トピック)」『じゅあJUAA』(大学基準協会広報誌)第66号,p. 7

鈴木克明・平岡斉士(2021.3)「ICT を活用した授業デザイン原則の提案-交流距離理論の足場かけ総量再解釈に基づいて-(特別寄稿)」『名古屋高等教育研究 』第21号, 143-165

 

対面授業と同じ形で配信が可能になったことは、有事への対応を容易にした反面、アフターコロナにおけるコロナ以前への回帰も容易にすることを意味します。学生からは、ICTを活用した授業への転換を求める声が寄せられており、コロナ以前への回帰は必ずしも歓迎されないと予想されます。また、コロナ禍で学生間に格差が生まれたことの原因には、自宅などでの通信環境の整備状況のみならず、主体的に学習を進める姿勢やスキルによって生じる格差もあったことが報告されています。前者の通信環境については改善できる見通しがあるとしても、後者の主体的な学習を進める姿勢やスキルの育成については、「スタディスキル」関連科目などでの取り組みは散見されますが、大学全体として、より組織的な取り組みが求められています。以上から、アフターコロナの大学の授業をコロナ以前に回帰させることなく、また学生が希望しているICT活用を継続・促進し、その中で本来大学が担うべき大学生に育てるべき主体性・自主性の育成を達成する新しいモデルの構築が求められています。

 

同期型と非同期型のハイブリッド

そこで、いわゆる「高度なメディア利用」条項の解釈に基づいたオンデマンド型とリアルタイム型のすみわけによるオンライン授業のデザインなどに特化した主張をさらに明確に打ち出すために、「新たなモデル」を提案します。コロナ禍で普及したオンライン教育には、オンデマンド型とリアルタイム型、ならびに資料配布型がありました。これらのオンライン教育と対面教育の良い組み合わせを模索するという視点ではなく、同期型と非同期型をどう組み合わせていくかに着目すべきであることを主張します。すなわち、リアルタイム型のオンライン授業と対面教育並びにその両者を組み合わせた「ハイフレックス型」教育はすべて同期型教育であり、対面であれオンラインであれ、これらの同期型教育と非同期型の選択肢(すなわち、オンデマンド型と資料配布型)をどのように効果的に組み合わせていくか、という視点に立つことを提案します(下図参照)。

 

遠隔教育研究からの示唆

通信教育から開始されて長年の伝統を持つ遠隔教育の領域では、対面教育に比べての劣勢を克服し、遠隔教育でこそ実現できる教育の価値についての議論が長年行われ、それが遠隔教育の実践者の精神的支えになってきました。ポストコロナ時代の大学においてもキャンパスにおいて展開する対面教育が主軸となるにせよ、遠隔教育の体験が広範囲に広まった今、これまで遠隔教育研究から得られる示唆を取り込んでいくという視点が重要です。鈴木・平岡(2021)には、これまでの遠隔教育理論の研究系譜がまとめられており、そこから学生の自律性育成という大学教育の使命を実現するためのデザイン原則が提案されています。このことを踏まえて、コロナ禍後の大学教育のニューノーマルとは何か、そのモデルを提案していきたいと考えています。

 

授業以外の学習支援活動を視野に入れたキャンパスライフ再設計

授業の改善には、学生の自律性を育てるという観点からの整理が必要です。他方で、それに加えて、次世代の大学をデザインしていくという観点から、授業以外の取り組みについても検討していくことが重要でしょう。キャンパスに来なくても学べるという経験をしたデジタルネイティブたちを再び、キャンパスにつなぎとめるメリットは何か、魅力をどう演出していくかも検討する意義があると考えます。授業の改善には、学生の自律性を育てるという観点からの整理が必要です。他方で、それに加えて、次世代の大学をデザインしていくという観点から、授業以外の取り組みについても検討していくことが重要でしょう(鈴木・美馬・山内,2011)。

コロナ禍への対応に対する提言についての実績

コロナ禍に直面した際の大学教育のデザインの在り方については、以下のような情報発信を行いました。非常事態への対応とアフターコロナ(平常時になった以降)の対応を切り分け、無理しないこと、同じ形で教えようとしないこと、シラバス記載の授業目標をできるだけ達成できる学習環境を整えること、「教え続けること」ではなく「学び続けること」を達成するために非同期型の学習機会を組み入れることなどの7つの提言を海外動向やこれまでの研究成果をもとに発信してきました。

鈴木克明(2020)「無理はしないで同じ形を目指さないこと:平時に戻るまでの遠隔授業のデザイン」, 4月からの大学等遠隔授業に関する取組状況共有サイバーシンポジウム【第4回】,国立情報学研究所大学の情報環境のあり方検討会 

鈴木克明(2020)「オンライン教育設計の7か条」『月刊先端教育』 2020年6月号,18-20.
鈴木克明(2020)「実践的遠隔授業法」『IDE現代の高等教育』 2020年8-9月号,27 – 31.
鈴木克明(2021)「大学らしさを取り戻すトランスフォーメーションを(高等教育トピック)」『じゅあJUAA』(大学基準協会広報誌)第66号,p. 7

参考)
鈴木克明・美馬のゆり・山内祐平(2011.3)大学授業の質改善以外の学習支援にどう取り組むか:学習センター関連資格制度についての米国調査報告.日本教育工学会研究論文集11-1:181-186